SNSと言葉について思うこと

ネットには様々な言葉が充満している。SNSが普及している今いろんな人がネットに触れ、思いや情報を発信している。普段外に出ているだけでは会えない人とコミュニケーションが取れる。今はVTuberなんかも増え、溢れかえっている。私もそんなバーチャルで声を発しているSNSをしているけど、いろんな人がいて、いろんな言葉にあふれ、いろんな思いにつぶされてしまいそうになっちゃう。ありもしない確証のないことを掲示版で好きな人が書かれたり、自分の名前が書かれたり、最初は気にしないように流して見せるけど、時間が経つと思い出しちゃって、何かが蓄積されて悲しくなっちゃう。全然違うのに。でもそれを違うよって声を張り上げることも子供のようで、難しいんだよね。ネットで大人になるって、なんだか冷めているよね。でもその世界には優しい人もいて、素敵な世界だなって思う時もある。だからこそ私も生きていていたくて。でも言葉を噛み締めていくたびに発することも怖くなったりもするよね。こんなにインターネットとは難しいものだっただろうか。時代なのかな。でもそうやってネットで人を傷つける言葉を発している人にやっぱり負けたくないし、それで辞めちゃったらなんだかありもしない内容を認めるようでとても悔しい。ネットに言葉を残すって意外と重たいものなんだなって思った。簡単に削除もできるけど、でも本当に削除されているのだろうか。誰かがスクリーンショットでも撮っていて、知らぬところから出てくるかもしれない。そう思うと少し恐ろしいね。私は人に喜んで貰ったり、誰かの支えになったり、そして自分も何かを得たくてしているのに。楽しい思いばかりじゃない世界だよね。冷めちゃうし、悲しくなっちゃうし、実はどう私が見えているんだろうって怖くもなったりする。私はどう見えているんだろう。そうやって考え出したら止まんなくなっちゃうよね。自分の声を好きって言ってくれる人がいるのに。それが本当に受け取れなくなる前に、何とかしたいし。自分は人を救える言葉を発していたいと強く思うよ。

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